Woman Smile Report 女性たちの暮らしと意識をレポートします

「ウーマノベーション」日本を変える、5つの女子力。 03

「はぐぐむ力」が日本を変える。

2014/12/28

 


 

子供を産み、育てるDNAが今日に伝える「はぐくむ」本能=
女性にしかない母性や包容力が、人を育て働きやすい職場を生み出す。

 

1986年男女雇用機会均等法施行から約30年。女性の社会進出が進んだとはいえ、今もなお女性管理職の占める割合が少ない日本。昇進や仕事の成功を追い求める、いわゆる「バリキャリ」に比べ、プライベートを優先したいと望む女性が多いのも事実です。けれど、企業のマネジメント層に女性が増えることは、多様性を受け入れる企業文化をはぐくみ、大きく成長させることにつながります。長時間労働や同質化がつきものだった旧来の男性社会のあり方に風穴をあけ、柔軟な発想で人を活かしてチャンスを与え、励まし、伸ばす。そんな女性リーダーの背中は、私たちの希望です。女性リーダーが珍しかった時代や分野において、立ちはだかる困難にひるむことなく、先陣切って男性社会に飛び込んできた女性たち。部下を育て、後に続く女性たちに道を拓いてきた包容力のあるリーダーシップの秘密とは?この章では、女性リーダー起用を積極的に進める企業やその前線に立つ女性たちをフィーチャーします。

 


 

女性が描く新しいリーダー像を、会社の成長のエンジンに。

カルビー株式会社 有馬るねさん(40)海外第二事業本部 部長

 

 


 

「ダイバーシティは成長のエンジン」という信念で社内革命に取り組み、2014年には経産省と東京証券取引所が選定する「なでしこ銘柄」にも選ばれたカルビー。社内ダイバーシティ委員会などの活動から芽生えてきた、女性管理職のイニシアチブに迫ります。

 

持ち前の「斬り込み隊長」気質で、未知の分野に果敢にチャレンジ。

 

1998年に研究開発部門の技術職としてカルビーに採用された有馬るねさん。彼女に訪れた最初の転機は、タイ現地法人での4年間の駐在経験でした。技術職として恵まれた環境で働きつつも「海外で勝負してみたい」という欲求を抑えきれず、悶々としていたところに、降ってわいたように訪れたのがタイ派遣の公募。さっそくトライした有馬さんは、見事、初の女性駐在員としてのポジションを射止めます。タイでは、スナックの開発技術を指導しながら、現地スタッフの力で工場を切り盛りできるところまで導くのがミッション。「この時のマネジメント経験のおかげで、ひとりでは出せない結果が10人なら出せるという面白さを知ったんです。同時に、人の成長を見守るのもすごく充実感があるなと」。2006年に帰国してからも、研究開発部門には戻らず、海外向け事業のフィールドで活躍することを希望。しばらくはマーケティング部に身を置きますが、同社が本格的に海外展開に力を入れ始めた2009年に、またしても公募のチャンスが訪れます。これぞ好機とばかりにチャレンジした有馬さん。現在は欧州ロシアから中東アフリカまで担当する海外第二事業本部に在籍し、2012年に課長、2014年に部長へと昇進を果たしてきました。「私という人間に会社はチャンスを与え、投資もして、成長させてくれた。ならば今度は私がチームを作って率いていくことが、会社への恩返しであり責任なんだと思っています」。マネジメントの手法に迷い悩んだ課長時代には、エグゼクティブ向けMBAを取得しに英国へ。その時に受けた「過去を見つめ直し、自分の強みを知る」という経験が、今に活きていると言います。「結局私は、子供の頃から後先考えずに飛び込んでいく“斬り込み隊長”気質で、見知らぬ他人にもお願い事をするのが得意。そんな特性が分かってからは、人を育てる仕事が戦略的に考えられるようになって、楽しくなってきたんです」。

 


 

ダイバーシティという意識改革の取り組みを、成長のエンジンに変えて。

 

2009年の松本晃CEO着任以来、ダイバーシティを成長のエンジンと位置づけてきたカルビー。社内から選ばれた15人からなる「ダイバーシティ委員会」発足時(2010年)には、有馬さんもメンバーに加わり2年間にわたって活動してきました。有馬さんが所属したのは「イベント部」。女性社員の悩みや疑問を語り合う座談会、外国人社員が自国の文化を披露しあうプレゼン大会などを通じて、「小さな爆弾をたくさん投下して波紋を広げる」試みを行ってきたそう。社内の意識変化は、次第に工場など現場にも飛び火。2012年には新宇都宮工場の時短勤務ママたちによる「てづくりチーム」が、これまで工場で対応できなかったアソート商品生産を可能にするなど、新たなイニシアチブも生まれています。現在、同社の女性管理職比率14.3%。2010年に比べ約2.5倍に増えています。「機会を与えられてこそ人は成長する」との確信から、3人の部下にも、あえて大きな仕事を任せている有馬さん。「この人にこのプロジェクトを任せたら、ここで行き詰まって、こんなふうに成長するだろうな、とシミュレーションしながら…。メンバーは大変だと思いますが、時々は大丈夫かなってひとりひとりに目配りしています」と、きめ細かな配慮ものぞかせます。大胆かつ繊細。女性が描く、そんな新しいリーダー像に、ますます期待と注目が集まります。

 


 

<働く女子に贈る明日へのヒント>

「海外向けの事業は語学のセンスが問われる分野ですが、その面においても女性はすぐれている人が多いですね」と有馬さん。失敗を恐れる傾向が強い男性に比べ、女性は間違って気づいて直すサイクルが早く、語学も上達しやすいのでは、と分析します。またイエスマンになりがちな男性に比べ、自由な意見を言えるのも女性の強み。「だからこそキャリアアップのチャンスがあるなら、あれこれリスクを考える前にパッと掴みとるべきだと思います」。

女性の声を活かして広がる、商品開発や市場の開拓。

キリンビールマーケティング株式会社  熊﨑暢子さん(46) 近畿圏流通第2支社 流通部 担当部長

 

 


 

2006年から始まった、キリンのポジティブ・アクションへの取り組み。「キリンウィメンズネットワーク(KWN)」を発足し、成果をあげてきました。そして女性がさまざまな職場で活躍し始めた今、“前倒しのキャリア”を進めるなど、新たな目標に向けて多様性の取り組みをさらに加速させています。

 

市場の状況を常にキャッチし、その場に適するものを見極め提案。

 

「クリスマスにはこのスパークリングワイン、おすすめなんです」。スーパーの裏でバイヤーと商談をすすめる熊﨑暢子さん。91年に入社した熊﨑さんは、中国支社の営業職で初めての女性でした。問屋さんへ挨拶
に行くと、「なんでうちは女の営業なんや?他のとこは男が行くんか」と、いきなり厳しい洗礼。時にはセクハラまがいのことを言われ、度量を試されたことも。「くやしかったけど、話すと次第に打ち解けていきました。インパクトがあったんでしょうね。すぐに顔を覚えてもらえたり、ラクもさせてもらいました」。休日にも繁盛している店を調べたり、売れ筋をチェックしたり。「提案したことでキリン商品のシェアが増えたり流れが変わると、嬉しくて」。この喜びのために、常に市場へのアンテナをはる熊﨑さん。取引先のバイヤーからは「ものすごくやりやすい。話しやすいし、男性的な商談をされますよ」との声も。「長年やってきたんで、後輩が大変そうなのを見ると、アドバイスもできるようになりました」。そんな熊﨑さんは、他の営業所の女性社員からも「大好きなんです!温かくて包容力もあって」と慕われるほど、心強いアネゴ的存在になっているようです。

 


 

社内組織「キリンウィメンズネットワーク」を設け、上からと下からとの両輪で女性を活かす環境を整備。

 

熊﨑さんが長年仕事を続けてこられた理由のひとつに「困ったときにはすぐ周りに助けてもらえるし、相談しやすかった」という環境がありました。2006年ごろの女性管理職比率は1.9%で、女性の力が十分に活かされていないのが実情でした。今後は女性社員の活躍がキリングループを支えると見据え、「キリンウィメンズネットワーク」が発足。女性社員の活躍とネットワーク作りを積極的に支援するための社内組織となりました。会社が女性活躍の機会や環境を整備して応援する“トップダウン”と、女性が自己成長やキャリアップを図る活動をしていく“ボトムアップ”の両輪で展開。このおかげで、実際「面談も多くて相談にのってもらいやすいし、声をあげやすくなった」と熊﨑さんはいいます。働いている人のスタイルや時代に合わせて変化を遂げ、多くの制度や環境が整ってきました。また、増加する女性社員やリーダーのために、さまざまな研修プログラムを用意。「KWNのおかげで、入りたい会社になって、女性も増えましたね。環境も会社の流れも変わってきましたよ」と熊﨑さんが実感を持つように、今では約110名の女性リーダーが生まれるほどに。キリンではさらに女性リーダーの数を2021年には約300人にすると設定。そのために、女性がライフイベントを経てもキャリア形成し続けることができるよう、早期に責任ある仕事を経験し成功体験を積めるよう“前倒しのキャリア”の育成を進めています。女性を含めた多様な従業員がさまざまな意見を出し合い、いきいきと活躍する組織風土は、男性にとっても働きやすく、意見が飛び交いやすい組織になるはずです。実際、女性ならではのアイデアから生まれ、ヒットした商品も多々。支社長もメンバーも全員女性の支社では、全体でのモチベーションの上げ方が上手く、高い数字と成果を出しています。次世代をはぐくみ、牽引する、女性リーダーの活躍。時代にさらなる新風を巻き起こし、ヒット商品を生み出しやすくしていくのかもしれません。

 


 

<働く女子に贈る明日へのヒント>

キリンでは「キリンウィメンズネットワーク」の影響もあり、先輩や上司に話しやすい気風があります。「細かい仕事でも厳しいな、どうしようと思うことがあったらすぐ相談にのってもらえるんです。今月はどうしていこうかなども、上下で話をしたり、相談したり。細かいことでも“伝える”ことは大切ですね」と熊﨑さん。声をきちんと出すことで、できること、叶えられることは大きく変わり、自分が働きやすい環境をつくることにもつながっているようです。

きめ細やかで優しい心遣いのできる人が、新たな価値をつくる時代。

ゆうちょ銀行 牧野洋子さん(57) 執行役広報部長

 

 


 

私を支えてくれたのは“仕事という社会的責任”、社会に居場所のある人生を送って欲しい。

 

官庁街である東京・霞が関。日本郵政グループの大きなビルに、すっと伸びた背中の美しい女性がいます。「絶対ブレない。ハシゴを外さない」とスタッフが太鼓判を押す上司、牧野洋子さん。日本全国約2万4千もの店舗を中央で束ねるのではなく、局長の個性や地域性を大切にして広報の仕事に携わっています。「ゆうちょは来年で140周年。郵便局の強みは、小さな町の局長たちがこつこつ積み上げてきた町や人への思いやりに尽きますから」と牧野さん。小山薫堂氏をパーソナリティに日本を掘り起こすFMラジオ番組『ジャパモン』を提供したり、クリエイターが自分の大切な町を冊子にするプロジェクト『わたしのマチオモイ帖』とコラボした『ゆうちょマチオモイカレンダー』の制作など、地域に届く手ざわりや温もりのある広報活動を心がけてきました。「これまで女性に限らず、優しい心遣いができる素敵な人たちに対し、あの人は細かいとか、そんなチマチマしたことやってられるか!…等々、感性が豊かな人にとっては生きにくい時代でした。でもこれからは真逆の時代、感性が優れた人こそが新たな価値を創りだす時代だと思います」。

 

牧野さんの最初の就職先は出版社。夕方出社で朝帰りという日も少なくありませんでした。「この業界では結婚も出産も無理。女性が働き続けるためには旧来の男女役割分担意識と会社中心の働き方を変えないと」と痛感。女は男の2倍働いて一人前という厳しい時代に疲れ果て、30歳で方向転換。仕事を続けるには職住近接しかないと考え始めた頃、縁あって三鷹井の頭郵便局長に転職しました。ほんの腰掛けのつもりが歴史ある小さな郵便局のメディアパワーに魅せられ、さまざまなサプライズをしかけては地域を元気にしてきたといいます。営業成績も上昇、地域や職員が変わっていくのを実感していきました。「そんな事実を目の当たりにして地域や社員に責任を感じると共に、自分自身が育てられていることを発見しました」。本社に異動後、舞台が町から大企業本社に変わったものの「経営に対する責任や人材育成の重要性は変わらない」と自然体のまま、仕事のおもしろさを部下に伝えています。「男性が築いてきた組織の既定路線を後追いするのではなく、これまで手付かずの分野や将来を見すえた仕事を進んで引き受け、人間力を伸ばしてほしい。男性が嫌がる仕事とか、未だエラくないからこそ、楽しめる仕事もある」と笑います。「三十代で父を、四十代で兄を、五十代で15年連れ添った愛犬(黒ラブ)を亡くした時、私を支えてくれたのは“仕事という社会的責任”だった。家庭がさまざまな苦難に遭遇した時、家庭しか居場所がないというのはツライもの。どんな形であれ社会とつながり、小さくても社会に居場所を持ち続ける人生を送って欲しいと思います」。

 


 

<牧野さんの「はぐくむ力」の鍵>

「女性という理由だけで差別されてきた経験があるからこそ、性別では絶対に差別しない」と牧野さん。「最近の部下たちは優しい男子、逞しい女子が多く(笑)、仕事の分担もまったく性別関係なく割り振ります。朝一番の挨拶、電話の声、社内を歩く時の目線や姿勢など、仕事ぶりだけでなく、部下の心のコンディションを何気なく察し、タイミングよく声をかけることが大切」。

 

女性の働き方に新しい選択肢を示す、町工場のチャレンジ。

株式会社エストロラボ 東山香子さん(42)代表取締役

 

 


 

女性が働きやすい場づくり。その先にある未来図とは。

ものづくりの町として知られる大阪府東大阪市で、金属加工の一種である「細穴放電加工」の専門工場エストロラボを経営する東山香子さん。もとはといえば、知人のつてで「女性ばかりの町工場をやれば注目される」と誘われ、「ほんの起業のお手伝い」のつもりで、放電加工の見習いを始めたところ、いつしか気づけば社長を任されることに。背中を押したのは、ある株主が言った「起業して雇用を作るのも社会貢献だよ」という一言でした。20代は青年海外協力隊を志すかたわら、障がい者支援NPOに関わった経験もある東山さん。女性が働きやすい環境を作って、日本の課題解決に貢献するのもありだと一念発起します。創業以来、エストロラボの経営は山あり谷ありの波乱含み。そんな中でこれまでに3人の女性社員を迎え入れてきました。3人とも子供を持つ母親。東山さんは彼女たちに「上からの指示を待つのではなく、経営意識を持って自分の頭で考えられる人材になってほしい」とハッパをかけます。「私自身、社長という役割がどれほど自分を成長させてくれたか分かるので、私がずっと経営者で居座るのではなく、10年ごとに人が変わるぐらいでいいと思ってます。女性って順応性が強くて、子供を産んだらお母さんになるでしょう。だから“経営なんて”と尻込みする女性も、いざとなればきちんとやり遂げると思うんです。まあ、当の社員たちはまだ“うん”とは言いませんが(笑)」。専業主婦を選ぶ生き方を否定するつもりは毛頭ないけれど、女性だからという理由で責任ある仕事から遠ざけられ、内に潜む能力を開拓しないまま終わるのはもったいない、というのが東山さんの考えです。

 

出産、育児、介護。節目ごとに生活の変化を余儀なくされる女性が働きやすい環境を作るには、従来の工場経営では限界があります。東山さんが今後50歳になるまでに叶えたいのは、「働き方の選択肢の多い会社」。たとえば2009年に入社した元システムエンジニアの女性は、今ではほぼ完全に在宅勤務。入社直後から工場の作業もこなしながら、東山さんの要望を取り入れて開発した同社オリジナルの受注管理ソフトが、他社にも売れるようになったからで、今は独立したひとり事業部のように、在宅で開発と営業を行っています。このように細穴放電加工を軸にしつつも、派生するさまざまな仕事を事業として育てることで「工場で時間拘束されて働くだけがすべてじゃない」という環境をめざす東山さん。今でこそ女性活用を使命としていますが、会社を成長させたあかつきには、男女問わず、障がいを持つ人も含めて、あらゆる世代が活躍できる場にしたいと理想を描きます。「そしたら私は引退してカフェでもやろうかな」。パワフルな笑い声が工場に響きました。

 


 

<東山さんの「はぐくむ力」の鍵>

「人を育てる大切さ」は、鉄工所経営者だったお父さまがずっと言い続けてきたこと。「社長は人件費という授業料を払いながら、人を育てる勉強をさせてもらってると思え」という考えの人でした。ガールスカウト指導員として長年ボランティアに従事してきたお母さまの姿勢も、東山さんの心の支えです。

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